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国指定天然記念物の指定が答申された「徳之島明眼の森」=伊仙町犬田布
平成24年12月5日(水)
 地域住民が見守った聖地
「徳之島明眼の森」国指定天然記念物答申
 地元で講演会や祝賀会
 国の文化審議会で先月16日、伊仙町東犬田布の「徳之島明眼の森」を国指天然記念物に指定するように文部科学大臣に答申したことを受け3日夜、同町西部公民館で寺田仁志県埋没文化財センター所長の講演会や祝賀会があった。 寺田氏は明眼の森の特徴や国指定になるまでの経緯などを詳しく説明、年明けの1月か2月までには指定されるという。
 明眼の森は、伊仙町西部の犬田布地域にある標高約160メートルの隆起石灰岩からなる丘陵地で昭和52年、地域の聖地として永久的に保存するため国有地の払い下げを受け、翌年名勝史跡「みょうがんやま」として町文化財に指定。その後「明眼公園」として歩道などを整備して一般公開されている。 アマミアラガシを中心とした自然林のの中には、シダ植物以上の高等植物84科174種が確認され、オオアマミテンナンショウ、アコウネッタイラン、マツバランなど環境省の絶滅危惧種13種も含まれている。 中腹には、ユタの斎場跡や徳之島が琉球王国に統治されていた時代の役人の按司の館などもあり、頂上の神を祀ってある所には「コイちゃん伝説」に出てくる首飾りが奉納されている。
 
【写真特集】  
寺田県埋没文化財センター所長の講演会=3日、西部公民館 天然記念物指定答申記念祝賀会=3日
 
 妙巌神社と明眼の森  遊歩道が整備された入り口
 
 神木のデイゴ  アマミアラカシやタブの木などで構成される森林
 国指定天然記念物 「アカヒゲ」=11月25日、明眼にて  徳之島固有絶滅危惧種 「トオクノシマヤマタカマイマイ」11月25日
 
 国指定天然記念物 「カラスバト」  アマミアラカシ
 拝み所  クワズイモ群生地
 
 昼なお暗い遊歩道  
 石垣が積まれた按司の館?  中から見ると
 アコウネッタイラン 絶滅危惧ⅠB類  徳之島が北限のコモチナナバケシダ 絶滅危惧ⅠA類
   
アマミテンナンショウ 絶滅危惧Ⅱ類  マツバラン 絶滅危惧Ⅱ類
   

 
明眼の森の概要

鹿児島県立博物館研究報告(第29号):1~28,2010
寺田 仁志* ・大屋 哲* ・久保紘史郎
 明眼の森はかつて徳之島が琉球国によって統治された頃,琉球国の役人である按司の館が置かれ,またその後,風葬の地にもなり,ユタ神の斎場があり,神聖な場所として伐採等は避けられてきたといわれている。一帯は伊仙町の「史跡名勝」に指定され,現在明眼公園として保護されており,1m幅のコンクリート歩道が敷設されているが,人工的なものは明眼神社の拝殿を除いて見当たらない。
 地形は標高が160m前後の隆起石灰岩からなる丘陵が浸食され,南東に向かって谷が形成されている。明眼公園の入口は南西端にあり,明眼神社の鳥居が目印となる。入口から20mほど北に上ったところに拝殿等があり,さらに北に20mほど上ったところに,東に回る分かれ道がある。北に急な階段を上ると高さが160m前後の小丘があり,ここは按司の見張りどころとして利用されたという。この小丘は北緯27度43分6秒,東経128度54分40秒の位置にあり,国土地理院の地形図(5万分の1および2.5万分の1)および伊仙町作成の地形図上でも表されていない。分かれ道を東側に回り小丘を迂回して180°回転したところで,遊歩道を再び北上すると,左側は平坦地となる。この平坦地に按司の館が建っていたと伝えられている。さらに北上すると,やがて道は二手に分かれ,直進すると道は最標高地点の尾根に達する。右折すると20m前後左側に石灰岩の小丘がある。この一帯はユタ神の礼拝所として利用された。さらに遊歩道を蛇行しながら下ると,後に急激に落ち込み,ドリーネにつながる。ドリーネは帯状になり明眼公園の中央部から南西に向かって伸びている。遊歩道は円周状になったドリーネに沿うようにつくられているが,窪地の中心部を過ぎたところで分岐する。左折してドリーネを上り再び対岸をまたいでいくと,風葬場の洞窟につながる。分岐点を直進すると遊歩道は急斜面となり,ドリーネによって裂かれた丘の頂上(164m)に達する。頂上は平坦となっており,遊歩道をそのまま進むとやがて耕作地に突き当たる。

 今回の報告は以下4回の調査によって行われたも
のである。
 ①1995年8月11日~8月15日 
  調査者 大野照好 田畑満大 寺田仁志
 ②2008年1月21日
  調査者 寺田仁志 田畑満大 大屋哲
 ③2009年9月19日~9月22日
  調査者 寺田仁志,田畑満大,大屋哲,久保紘

鹿児島県立博物館研究報告(第29号):1~28,2010
徳之島明眼の森・義名山の植生について
寺田 仁志* ・大屋 哲* ・久保紘史郎
  より転写

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